Vol. 17 榊に思うこと 〜植物と祈りをつなぐ一本の木〜

榊に思うこと 〜植物と祈りをつなぐ一本の木〜
私は地域の神社で「宮守」という役をお預かりしています。
毎月一度、神様に新しい榊(さかき)をお供えすることも私の務めの一つです。榊を手にするたびに、私は若い頃に学んだ植物のことを思い出します。
私は以前、植物について学ぶ機会があり、日本の自然を代表する「照葉樹林」について教わりました。その中で榊は、照葉樹林を構成する代表的な植物の一つです。
神社では昔から榊が神様へのお供えとして使われてきました。しかし、「なぜ榊が神様に供えられるようになったのか」という問いには、実ははっきりとした答えはないそうです。
私が尊敬する植物生態学者の服部保先生も、「本当の理由は誰にも分からない」と話されていました。
そのうえで先生は、とても興味深い考えをお話ししてくださいました。
榊の枝を机の上に置いてみると、不思議なくらい平らに重ねることができます。何本重ねても枝が大きく飛び出さず、きれいにまとまります。
一方、ほかの植物の枝では四方に広がり、重ねるとかさばってしまいます。
榊は運びやすく、お供えの形も整えやすい。そして葉には美しい光沢があり、自然と葉の表が正面を向くため、とても美しく見えます。
先生は、このような榊の植物としての性質が、人々にとって扱いやすく、長い年月の中で神様へお供えする木として定着した理由の一つではないか、と考えておられました。
私はこの考え方に深く共感しています。
また、榊が昔から人々の身近な植物であったことも、大きな理由の一つではなかったかと思います。
昔の集落では、広い平地は田畑として大切に利用されました。食料を作る土地を優先したため、人々の住まいは山のふもとや谷間など、田畑の周辺にある限られた場所につくられることが多くありました。
そのため、住居のすぐ近くには里山があり、そこには照葉樹林の植物が残されていました。
榊は遠くまで探しに行かなければならない特別な植物ではなく、暮らしのすぐそばにある木でした。必要な時には山へ入り、榊を採り、神様へお供えする。そのような自然と寄り添った暮らしの中で、榊は人々の信仰と結びついていったのではないでしょうか。
また、昔の神社の境内には、今よりも広い森がありました。
しかし、時代の流れとともに田畑が広く使われるようになり、土地の利用も変化していきました。かつて境内を囲んでいた森は少しずつ小さくなっていきました。
それでも全国各地の神社には、昔の照葉樹林の姿を残す小さな森が、今も点々と残されています。
私は、このことに大きな意味があると思っています。
多くの自然が人の暮らしの変化によって姿を変えていく中で、神社の森だけは「神様の森」として大切に守られてきました。
その結果、現在では貴重になった昔ながらの自然が、鎮守の森として残されているのです。
神社は単にお参りをする場所ではありません。そこには、地域の歴史、人々の暮らし、そして自然とのつながりが刻まれています。
毎月、榊をお供えするたびに、私は一本の枝の向こうに、日本の豊かな自然と、植物をよく観察し大切に利用してきた先人たちの知恵を感じます。
榊という一本の木には、植物の姿だけではなく、日本人が自然を敬いながら暮らしてきた長い歴史が込められているように思います。
これからも宮守として神社に関わりながら、植物を学んできた一人として、鎮守の森のこと、四季の移ろい、そして自然と人とのつながりについて、このブログで少しずつ綴っていきたいと思います。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これからも、季節の花や植物のこと、日々感じたことを、一つひとつ綴っていきたいと思います。
お近くにお越しの際は、どうぞお気軽にお立ち寄りください。
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